邦楽ロック、そしてスピッツについての話を聞いていると、ときどき「スピッツはシューゲイザーである」という話題を耳にすることがあります。

シューゲイザー…

とは、音楽のジャンルのことです。

どんなものかと訊かれると…なかなか難しい

「歪み」やエフェクトが強く、浮遊感のあるサウンドといいますか…

代表的なバンドといえば、アイルランドのMy Bloody Valentine、イギリスのRide、イングランドのSlowdiveなんかがいます。

日本では、97年デビューの「スーパーカー」が有名でしょうか?最近だと「羊文学」とか。

正直言うと、日本では(というか世界的にも)どちらかというとマイナーなジャンルなんですよね。
ぶっちゃけ「人を選ぶ」音楽ではありますし。

あ、日本だと「ドリームポップ」なんて呼ばれることも多いですね。確かに夢の中にいる様なフワフワ感。

スピッツとシューゲイザーの関係

実はスピッツとシューゲイザーには、深ーい(?)関係性があるんです。

シューゲイザー…とりわけ「Ride」ですね。

Rideは前述の通り、イギリスのバンドで「シューゲイザー」の代表的なミュージシャンです。

草野さんは、Rideの音楽に感銘を受け、「Rideのような音楽をやりたい」という風に思っていたそうです。
デビュー当初のインタビューでは、自分たちのことを「ライド歌謡」と称していたそうな…

ん~これはわかる気がする。マイブラよりライドだよね。

シューゲイザー×歌謡曲という、日本ならではの感覚… この感性が最大限に発揮されたのが2ndアルバム『名前をつけてやる』です。

音楽オタクの間で人気の高い作品ですよね。あの藤井聡太さんもお気に入りの一枚なんだとか。

「プール」なんかは、わりとゴリゴリのシューゲイザーですね。ゆったりとしたリズムにちょっとどんより、ぼやぁっとしたサウンド。

昔のアルバムなので、ライブではあまり披露されることがない、ちょっぴりマイナーな曲が多いですが、2021年の「NEW MIKKE」では演奏してくれました、プール。

引きずり込まれるようなサウンドがたまらなかったです。

そして、もう一枚。

『インディゴ地平線』も、かなりドリーミー。

このアルバム、なんか終始どんよりしてるんですよね。サウンドに関しては結構クセがあります。

表題曲「インディゴ地平線」なんかは、強烈なオーラを放っていますよね。
特にイントロの重っ苦しさが、いい!

前作『ハチミツ』のきらびやかな雰囲気とはまた違う、ある意味「原点回帰」的なアルバムだと思います。

正直、ロビンソンやチェリーのヒットが無ければ、このアルバムがオリコン1位を取ることは無かったんじゃないかとさえ思ってしまいますが、さすがはスピッツという感じ。

シューゲイザーをやりながら、しっかりJ-POPであるという絶妙なバランス。

メロディーのポップさが、激しいサウンドの中に耳馴染みの良さを生み出しているんですよね。

スピッツならではのシューゲイザー

そんなわけで、スピッツはシューゲイザー的な部分があるのですが、やはりそれを上回る「歌謡」「ポップ」な色が魅力のバンドです。

あくまでもベースはその辺で、サウンドに関してはときどきシューゲイザー…って感じですね。

これらの音楽を単に「シューゲイザー」として受け入れるのは、なかなか難しい。

まさに「シューゲイザー歌謡」といいますか、
スピッツならではのシューゲイザーが、そこには存在しているのです。

まだあるスピッツのシューゲイザー

さて、ここからは楽曲単位で「スピッツのシューゲイザー」を見ていきましょう。

君だけを

4thアルバム『Crispy!』収録。

スピッツ1渋い(?)アルバムですね。
前3作に比べると、豊かなアレンジとサウンドメイクが特徴的です。

全体的にゆったりとした楽曲が多い作品ですよね。ちょっと重みのある。

そういう点では、この「君だけを」という楽曲はCrispy!らしい曲と言えるのかなと。

ノイジーなギターと、オーケストラのサウンドが独特な世界観を演出しています。ある意味「ヘビーメタル」とも言えます(?)。

あとは「リバーブ」ですね。ボーカルやドラムにガンガンかけられたリバーブが更なる壮大さを生んでいます。

このサウンドメイクはシューゲイザー、あるいはドリームポップ的なアプローチと言えるのではないでしょうか。

最近だとライブ「猫ちぐらの夕べ」で披露されていました。
ライブバージョンだとより一層「ロック」な感じがします。好きです。

さらばユニヴァース

9thアルバム『ハヤブサ』収録曲。2000年リリース。

ハヤブサというアルバムは、「スピッツ史上最もロックなアルバム」とも言われていますね。ファンからの人気が高い一枚です。

石田ショーキチをプロデューサーに迎えた本作。確かに全体を通して独特なサウンドやアレンジが施されています。

この時期の邦楽ロック界は「オルタナティブ」ムーヴメントが顕著でした。
くるり、ナンバーガール、スーパーカー…みたいな。

『ハヤブサ』も例外ではありません。
エレクトロなアレンジが印象的な「いろは」なんかはその傾向が強くみられます。わりと異色な曲ですよね。

そして、やはりシューゲイザーサウンドが目立ちます。

「さらばユニヴァース」はその代表的な楽曲。
うねるようなベースとソリッドなギターが『ハヤブサ』らしい。

ただ、この曲の面白いところが、アコギを使っているところ。

やっぱり一筋縄ではいかない、スピッツらしい世界観ですね。

スピッツの伝統であるフォーキーな部分と、本作の挑戦的なハードな部分が両立したフシギソングです。

甘い手

こちらも『ハヤブサ』の楽曲。

非常にオルタナティブ、といいますか、ある意味でスピッツらしくない楽曲ですね。

歌謡曲的な、ボーカル曲が多いスピッツにしては、かなりサウンド重視のアレンジです。簡単に言うと「歌っていない」時間が長い

特に後半の間奏は印象的ですね。映画『誓いの休暇』のセリフをサンプリング(引用)しているんですよね。
決して「つなぎ」ではなく、むしろ「肝」になっている気がします。聴かせどころです。

ボーカル部分が少ない故、歌詞も少ないのですが、ボーカル部分も非常にメッセージ性の強いものとなっています。

ヘビーなサウンドに乗せた、草野さんのハイトーンボイスが美しい。

正直言うと、地味な曲ですが、非常にパワーを持った楽曲です。
じっくり聴いてみると奥深さに気づけるはずです。

俺の赤い星

またも『ハヤブサ』から。
このアルバムは「スピッツのシューゲイザー」のひとつの到達点とも言える作品です。

この楽曲もまた、異色な曲です。

シューゲイザー…そして、ハードロックですね。
重厚感のあるこのロックサウンドは、それまでの笹路スピッツとも、以降の亀田スピッツとも違う、ハヤブサならではのものですよね。貴重です。

そして、この曲のイチバンの特徴。それは、ベース・田村明浩が作曲しているということ。

『インディゴ地平線』の「ほうき星」なんかもそうですけど、彼の曲はシューゲイザーの浮遊感とよく合うんですよね。

フワフワしていて、それでいて力強い
この感覚はスピッツらしいとも言えるかもしれません。作曲者が変わっても、やっぱりスピッツはスピッツ。

重厚感のあるコーラスワークも聴きごたえがありますね。

あとは「サイン」音。
1990年代後半あたりから、J-POPで積極的に使われるようになった気がします。宇多田ヒカルの「Automatic」とか、YEN TOWN BANDの「Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜」とかね。

やっぱりこの音は、浮遊感を直接的に感じさせますね。シューゲイザー的なギターサウンドともマッチします。

新月

『ハヤブサ』の次作、亀田誠治をプロデュースに迎えた『三日月ロック』以降、クリアなサウンドが重視されシューゲイザー的なサウンドメイクは身をひそめる傾向にありました。

そんな中に存在する、唯一とも言えるシューゲイザーソングが「新月」という曲。

2010年リリースの13thアルバム『とげまる』に収録されています。

ポップなアレンジが特徴的な亀田プロデュースの中で、このアルバムは比較的シンプルなアレンジが目立ちます。

前作『さざなみCD』がポップなアルバムだったこともあってか、『とげまる』はクールな印象。

『とげまる』以降はこの「クール」な面が、よく押し出されるようになっている気がします。
おそらくメンバーと亀田氏の間で何か「しっくり来る」ものがあったのでしょうね。

さて、その「クールなスピッツ」の象徴とも言えるのが、この「新月」なんですよね。

これでもかというくらいに強烈なドラムのリバーブ。シンプルで力強い歪みの効いたギター。
かなりの衝撃でした。

思えば自分が人生で初めて聴いたシューゲイザーが、この曲だった気もします。
それまで、スピッツといえば「ロビンソン」や「春の歌」といったポップなイメージが強かったので、「あぁ、スピッツはやっぱりロックバンドだな」と思ったものです。

思えばそもそも、亀田誠治は大好きなんですよね、「歪み」が。
スピッツと亀田は、その「ロック性」に近いものがあるのでしょうね。

こんなわけで、スピッツには結構シューゲイザー色がみられる楽曲が案外あるんですよね。

何度も言うように、スピッツ=シューゲイザーバンド、というほどわかりやすいものではありません。

が、しかし、スピッツが「シューゲイザー」というものに想いを馳せ向き合ってきたのは事実です。

彼ららしい、解釈が施されたシューゲイザーは、間違いなくスピッツの魅力のひとつですね!

スピッツのシューゲイザーを継ぐ音楽

スピッツならではの「シューゲイザー歌謡」に感銘を受け、その意志を継ぐ(?)バンドも存在しています。

例えば、川谷絵音がボーカルを務める「indigo la End」

バンド名が、スピッツの『インディゴ地平線』から付けられたというのは有名な話ですね。
川谷さんは、スピッツの大ファンとしても知られ、「ゲスの極み乙女」に比べるとindigo~は、より一層スピッツのロックを色濃く継いだバンドとなっています。

ヒップホップやジャズなど、あらゆるジャンルを取り入れたミクスチャーロックの中には、たしかに、「歌謡」の要素と「シューゲイザー」の要素が見て取れます。

他にも「スピッツのシューゲイザー」に影響を受けたバンドはたくさんいます。

そもそもくるりなんかも、スピッツの影響を色濃く受けたバンドですからね。

最新作『ひみつスタジオ』では…

そんなわけで、亀田誠治とタッグを組んだ2002年以降は、スピッツのシューゲイザー指向はかなり身を潜めています。

では、2023年リリースの『ひみつスタジオ』はどうなのでしょうか。

個人的には、最新作は「新訳・とげまる」のようなアルバムになるのでは、と踏んでいるので、もしかすると「新月」のような楽曲が収録されているかもしれません。

三輪さんがジャズマスターを多用するようになったり、サウンド面ではむしろ接近しているといっても良いですからね。

彼ららしいシューゲイザーに期待です。